外国語学部 外国学科
卒業生インタビューvol.03西山 歩実さん(2023年度卒)
外国学科の卒業生は多くの業界で活躍しています。中学校の英語教員、ホテルスタッフ、商社員、メーカーの海外事業部員、流通系の会社員、銀行員など、さまざまです。2月13日、その中でも異色の卒業生、西山歩実(にしやま あゆみ)さんにお話を聞きました。西山さんは、台湾で日本語講師として活躍中で、今回、旧正月休みを利用し一時帰国中、岡山キャンパスを訪れてくれました。
現在、西山さんは台湾で日本語講師をされていると伺っています。どのような仕事をされているのでしょうか?
私は、2024年3月に外国学科を卒業し、同年7月より台湾新竹市に所在する徳川日本語学校で日本語講師をしています。仕事は、もちろん、台湾の生徒さんたち(社会人を含む)に日本語を教えることです。教える形態が異なるので、説明します。
学校では、生徒個人に日本語を教える個別指導をしています。そして、レベル別クラスの授業もしています。1クラスは6~7人です。今は、入門・初級レベルから上級レベルまで全て教えていますが、着任当初は、ひらがななどから教える入門・初級レベルの指導から始めました。これらは、学校にくる生徒さんへの指導ですが、こちらから企業に出向き、オン・デマンドで教える派遣講師もしています。企業の社内研修として、1クラス当たり10人の生徒さんに日本語を教えています。
勤務時間は、月曜日から金曜日までは、昼頃に出勤し夜9時ごろまで教えています。仕事を終えた後、夜間クラスに受講に来られる社会人が多いです。そのため、遅くまでの勤務になります。土曜日は、朝から夕方までの間、派遣講師の仕事が入ることが多いです。
授業準備もあるため、毎日忙しく働いています。やりがいはあります。台湾の人は、一般的に日本びいきで、アニメなどのポップカルチャー、伝統的な日本文化を好み、日本への観光旅行をしたがります。また、社会人のみなさんは企業が何らかの形で日本企業と取引をしているので、日本語を学ぶモチベーションが高いです。生徒さんたちはみな学習熱心なので、教えがいがあります。そして、教える中で、生徒さんたちから、私はいろいろなことを学んでいます。
忙しい仕事ですが、オフの時はしっかり台湾生活を楽しんでいます。台湾料理を満喫したり、国内旅行をしていますよ。台湾は生活しやすいですね。
台湾の日本語学校で働くきっかけは何だったのでしょうか?
在学中、日本語教員養成コースを履修し、卒業時に、「日本語教員養成コース修了証明書」を学位記と共にいただきました。その証明書をもとに、日本語講師の求人サイトで、日本と台湾の5社を選定し応募しました。台湾の1社からオファーがありました。それが今の徳川日本語学校です。
(なぜ、台湾だったのでしょうか?)海外からの求人は台湾だけではなかったですが、あえて台湾に絞り込んだのは、岡山キャンパスに来ていた交換留学生がいるという親近感、安心感からでした。台湾の交換留学生とは帰国後も連絡を取り合っていました。誰も知っている人がいない国に行くのは、自分には無理だと思いました。
外国学科で学ばれたわけですが、社会人になって活かされている学びは何だったのでしょうか?
大学では、英語コミュニケーション、生き方、日本文化もしっかり学びました。日本語教員養成コースを履修していましたので、修了証明書に必要な専門科目も学びました。日本語講師をしているからかもしれませんが、今の仕事に大いに役立っている、在学中に学んだことは、2つあります。
まず、留学生や交換留学生との交流を通じて、伝わる日本語、かんたんな日本語の話し方、日本語の教え方を学んだことです。交流を楽しみながら、試行錯誤の中で学んだことが、今の仕事に活かされています。
次に、交換留学生などから日本について多くの質問を受けました。日本人でありながら、答えられないことが多く、日本の生活、文化、社会などに関することを調べたことです。日本語を教える中で、文化的なコンテキストで説明しないといけない場面などがあるため、在学中の経験が役に立っています。それでも知らないことが多く、日々勉強です。
外国学科で学ばれていた時の印象的な思い出、出来事はなんでしょうか。
繰り返しになりますが、在学中の思い出は、留学生たちとの交流です。かけがえのない思い出です。バスツアー、スポーツなどの学科イベントに参加して楽しんだり、食堂で一生に食事をして話をしたこと、一緒に勉強したことなどです。
カナダのバンクーバーにあるECバンクーバーに留学し、6週間と短い期間でしたが、英語漬けの生活をし、ひとり暮らしの経験ができたことです。この経験があったので、海外で働くことのハードルは下がりました。
私は英語の先生の免許も取りました。教職課程も履修していたのですが、同じ目標を持つ仲間と一緒に頑張った、助け合ったことも懐かしい思い出となっています。
これからの夢や抱負を教えてください。
現在は台湾で日本語を教えています。だからこそ、台湾で日本語をもっともっと広め、日本語を多くの人たちに教えたいです。そして、気軽に日本語を学べる環境をつくりたいです。将来は、日本と台湾の架け橋になりたいと思います。今だからこそできることにチャレンジしたいです。




